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サブスクリプション・SaaSの成長と成熟点についての考察
サブスクリプション事業構築
株式会社CustomerPerspective 代表取締役 紣川 謙 Ken Kasegawa
Contents
サブスクリプション・SaaSの成長神話
サブスクリプションに対する注目が日本で急速に高まったのは2016年頃です。それからかなりの時間がたちましたが、新規参入は続き、サブスクリプションもすっかり市民権を得たように見えます。BtoBの分野ではSaaSをはじめとするXaaSと呼ばれるサービス(BtoBサブスクリプションと呼ばれるものもある)が広く普及しました。
今まで様々な業界のサブスクリプションやSaaS/XaaS事業をアドバイザーとしてご支援してきましたが、サブスクリプション・SaaSをめぐっては様々な「神話」が存在すると感じています。そのひとつは「成長神話」です。新規参入企業の多くは「サブスクリプション・SaaSは注目されているから、新規事業はずっと成長してくれるだろう」と信じています。今回はサブスクリプション・SaaSの成熟点(Maturity)という概念を取り上げ、多くの企業にとっての課題である長期的成長と解決策を考えます。
成熟点=Maturityとは?
サブスクリプション事業・SaaSにおいて、「成熟点」が語られることは多くありません。しかしながら、私は成熟点をサブスク事業者が念頭におくべき大変重要な概念だと考えています。成熟点とは文脈をふまえてMaturityという言葉を私が日本語に訳したもので、下記の意味です。
新規に獲得するビジネス(新規顧客数などで表す)と失うビジネス(退会者数などで表す)が均衡し、事業がそれ以上成長しなくなってしまうポイント
Maturityは通常、会員数などに基づく事業規模で表します。金融の世界では、Maturityというと満期を意味し、金融商品を持っている人にとって、払い込んだお金や利息を受け取れる有りがたいできごとです。満期とは違い、サブスク・SaaSの世界のMaturityは事業運営者にとって有りがたくないもののひとつです。
なぜ「成熟点」がやってくるのか
多くのサブスクリプションが「成熟点」に直面するのですが、それは何故でしょうか。2つの理由があります。
1つ目の理由は、立ち上げ期を過ぎると新規に獲得できるビジネス(新規顧客数などで表す)が安定してくることです。これはもちろんいいことではあるのですが、新規獲得は永遠に伸びるものではないという現実も意味しています。
2つ目の理由は、チャーンレート(顧客退会率などで表す)も事業の成長と共にある一定の%に収束してくることです。年間顧客退会率はSaaS企業でも10%程度~80%程度と開きがあります。事業の性格によりますが、大抵の企業では時の経過とともに退会率が安定してきます。退会率が安定することで事業の将来予測が立てやすくなりますが、ここにひとつ注意しておきたい点があります。
新規顧客数と退会者数の均衡
サブスクリプション・SaaSが軌道に乗ると、当然ながら既存顧客数(累積の新規顧客数から累積の退会者数を引いたもの)が伸びてきます。退会者数は下記の掛け算で算出されます。
退会者数 = 既存顧客数 x 顧客退会率
つまり、顧客退会率が一定の%に収束しても、掛け算の結果、退会者数はどんどん増加していくのです。新規顧客数は伸びず、退会者数が伸び続けるとどうなるでしょうか。両者があるポイントで均衡して顧客数が頭打ちとなり、成熟点に限りなく近づいていきます。10年以上成長し続け、成熟点が見えてこないサブスクリプション・SaaS事業もある一方で、1年程度でほぼ成熟点に達してしまう事業もあります。
成熟点の計算方法
年間10,000人の新規顧客を獲得するサブスク・SaaSがあるとしましょう。仮に顧客退会率0%とすると、10年間で顧客数は計算上100,000人となりますが、これはもちろん現実的ではありません。
年間顧客退会率が一定の%だったと仮定して、成熟点(=Maturity)はどうやって出せば良いのでしょうか。このようにシンプルな前提条件をたてると、Maturityは下記のような計算式で出すことができます。
成熟点(Maturity)= 新規顧客数 ÷ 顧客退会率(Customer Churn Rate)
顧客退会率が年間40%だとすると、顧客数は10,000÷40%= 25,000人で頭打ちとなり、顧客数の5年目から10年目にかけての年平均成長率(CAGR Yr 5-10)は2%になってしまいます。顧客退会率を年間10%に改善することができれば、成熟点は4倍の100,000人、上記基準の年平均成長率は約5倍の10%となります。
顧客退会率と成熟点・成長率の関係
ここでは比較的長期間のシミュレーションをしているので単純化して年間の数字を使っていますが、月間の数字でも同様に計算できます。
成熟点を先にのばすには
サブスクリプション事業者の多くは、事業を成長させることを重要な目標としています。成熟点への到達を先にのばし、成長を続けるにはどうしたら良いのでしょうか。
成熟点の計算式からわかるように、必要なことは何といっても、チャーンレートを抑えることです。上記のシミュレーションによると「成長率で表す成長のスピード」は、顧客退会率(Customer Churn Rate)によって決まり、新規顧客数には左右されません。(もちろん新規顧客数が多ければ成熟点での顧客数が大きくはなります)
サブスク提供企業・SaaS企業の多くがチャーンレートを最も重要なKPIと位置づけ、カスタマーサクセスチームの活用などを通じてチャーンレートの低下に力を入れている理由のひとつはここにあります。
チャーンレート低減とカスタマーサクセス
チャーンレートを下げるには顧客のエンゲージメントを高め、退会理由となる問題を深掘りしてひとつひとつ解決していく地道な努力が必要です。これら一連の取り組みを通じて、顧客の成功=カスタマーサクセスを実現し、顧客満足度を高めることが事業の成長につながります。チャーンレートを低下させる方法は重要で、深く大きな課題ですので、将来別のブログ投稿で考察したいと思います。